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今回の記事は…20年前の2006年、東海道線113系と常磐快速線103系が姿を消した頃の記録をまとめてみます。
こちらの記事は常磐快速線103系について。
東海道線113系の記事も併せて読んで頂けたら嬉しいです!
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X(旧Twitter)を見ていたら、つい最近まで走ってたと思っていた東海道線113系・常磐快速線103系が姿を消して20年と聞いて驚いています💦
筆者は当時高校生。年を取る訳です…笑
この頃はまだブログ開設前で写真をまとめていなかったので、想い出を振り返りつつ…当時の写真を色々載せてみようと思います! お楽しみ頂けたら嬉しく思います✨
常磐快速線103系
東海道線113系の引退と同じく、2006年3月18日(土)のダイヤ改正では常磐快速線103系も運用を離脱する事に。
とは言っても、同線の103系は2004年までに大半が引退しており、予備車的な感じで最期の活躍をしていた感じでした。
距離の長い北千住~松戸〜柏間などの直線区間で見せたMT55モーターのあの爆音は、鉄オタには堪りませんでした!!
貫通扉の付いた1000・1200番代は、ひと足早く2004年に引退…。

この頃は、大宮を通るといつも103系が解体されていました…😿


最後まで残ったのは…10両のマト7編成と、5両増結のマト22・31編成の3本。


横に並ぶ415系や203系も、今となると懐かしい存在ですね。
今思うと完全葬式鉄ですが…走行写真を撮れるカメラを2005年に購入したばかりだったので、出来るだけ撮ろうと常磐線へ通えるだけ通いました!
この頃は光線を気にせず撮ってたのが悔やまれます…。


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増結の5両編成は、最後まで低運転台車が残っておりました!
今となると、こんなレトロな車両が比較的最近まで首都圏を走ってたのが嘘のようですね💦



京浜東北線209系との共演も。

そして2006年春のダイヤ改正を前に運用を離脱。
東海道線113系のようにさよなら装飾はなかったものの、4月に入ってから撮影会やさよなら運転が行われました!!
4月8日(土)に走ったさよなら列車。
結構な人出でしたが、今と比べると平和だった記憶があります。

車内からの顔や手出しはこの頃からありました…笑
こうして、首都圏の主要路線を支えた車両達は姿を消して行きました。
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その後は…??
引退した車両達は次々と旅立って行きます…👋
5月に入り、まずは5月16日にマト7編成が尾久へ回送。
そして5月17~18日に長野へと配給されて行きました。

続けて、5月24日にはマト31編成+マト22編成が尾久へ回送。
マト22編成のクモハは、譲渡の為に抜かれて9両編成での運転となりました。

編成番号札がオリジナル仕様に!!
ヒガジュウを行く緑の103系…斬新な光景でした。

翌日・5月25日の夕方、死神に引かれて長野へと旅立って行きました…👋

走行写真を撮り始めたばかりで、性能もあまり良くないカメラだったので汚い写真ばかりで申し訳ないですが…💦
自分の目で見て記録出来ただけでも幸せだったのかなと思います…!!
そして20年前に現場でカメラを構えていた自分と今の自分。
走る車両や機材も環境も変わりましたが、あの頃の「情熱」は今も変わっていません。
これからも今の日常を追いかけて行けたらなと思います。
今回の記事は以上になります。
閲覧頂きましてありがとうございました🙇♂️
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